大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和59年(ラ)52号 決定

抗告人 若木哲夫

相手方 西原成克

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方は抗告人が本件不動産上に有する賃借権を認める。訴訟費用は相手方の負担とする。」との裁判を求める、というのであり(右は要するに原決定を取り消して相手方の不動産引渡命令申立てを却下することを求める趣旨と思われる。)、その理由は、別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

記録によれば、(一)原決定別紙物件目録(1)記載の土地及びその地上にある同(2)記載の建物は高木正俊の所有であったところ、同人は、昭和五三年七月二一日消費貸借に基づく株式会社四国銀行に対する一三〇〇万円の債務を担保するため、同日右土地につき、昭和五四年一月一二日右建物につきそれぞれ抵当権を設定し、その登記を経由した、(二)高木は、昭和五七年九月二五日自己の債権者であった田中幸男との間で、右土地建物を同人に売り渡す契約を結び、同年一二月一六日同人への所有権移転登記を経由したが、引き続き右土地建物に居住していた、(三)田中は、昭和五八年三月二八日抗告人との間で、右土地を向う五年間賃料月二五〇〇円、建物を向う三年間賃料月二五〇〇円でいずれも転貸・賃借権譲渡自由の特約のもとに賃貸する契約を結び、即日その旨の賃借権設定登記(本登記)を経由したが、まだ高木が居住中であり、抗告人への現実の引渡しはしなかった、(四)右賃貸借契約の際、契約書が取り交わされたほか、抗告人から田中に対し敷金一〇〇〇万円が差し入れられかつ五年分の賃料が前払されたとして、田中がその旨の各領収書を抗告人に交付した(なお、賃料の領収書は、後記のとおり競売手続が進められるようになってから、建物に対する昭和五八年三月二八日から昭和六一年二月二七日まで三年間の賃料として金額を一八万円とするものと、土地に対する昭和六一年三月二八日から昭和六三年三月二七日まで二年間の賃料として金額を一二万円とするものとに、書き替えられた)、(五)四国銀行は、昭和五八年四月一五日、抵当権の実行として右土地建物の競売を申し立て(原審裁判所同年(ケ)第八〇号事件)、同月一八日競売開始決定がなされ、同月二〇日その登記が経由された、(六)高木は、昭和五八年四月末に右土地建物から退去し、その後同年五月中旬頃までに抗告人が妻と共に入居してこれを使用占有するようになった、(七)相手方は、昭和五九年九月二七日右土地建物につき売却許可決定を受け、所定期限内に代金を納付したうえ本件引渡命令の申立てをし、原審はこれを認容する原決定をした、(八)右土地建物の売却代金は四国銀行その他の債権者らにすべて配当され田中へ交付される剰余金はなかった、(九)なお、執行官の現況調査に際し、田中は「右土地建物には自分が住むつもりであったが、資金が必要になったので、抗告人に賃貸し、敷金一〇〇〇万円の差入れと賃料三〇万円の前払をしてもらった。」と、抗告人は「居住中の借家を明け渡す約束をしていたし、田中から借りてくれと言われたので、右土地建物を賃借した。田中が資金を必要としていたので、敷金一〇〇〇万円を差し入れ賃料三〇万円を前払した。契約書では敷金に利息を付けないこととなっているが、銀行利息程度のものは付けるよう田中に申し入れてある。賃貸借の主眼は敷金にあり賃料は破格の安さである。」とそれぞれ陳述している、以上のとおり認められる。

右の事実関係及び陳述を総合して判断すると、まず、抗告人は、差押えの効力発生前に前記土地建物につき占有権原を取得してはいるが、その占有を取得したのは差押えの効力発生後であるから、民事執行法八三条一項の文理に徴し、同条項本文の「差押えの効力発生前から権原により占有している者」に当たらないことが明らかである。そして、同条項ただし書によれば、差押えの効力発生後に占有を取得した者は、その占有権原が買受人に対抗できる場合に限って、引渡命令の相手方とならないが、抗告人は、民法三九五条のいわゆる短期賃貸借の契約を結びその登記を経由してはいるけれども、それは所有権を取得したものの売却代金の剰余金を入手できない立場にあった田中が差押えのなされる直前に何とか金銭的利益を確保しようと考え抗告人に働きかけてなされたものであると推認でき抗告人から田中へ融資をするための手段たる側面もあるとみられること、著しく高額の敷金を差し入れたとされかつ賃料は極めて低額で期間中の全額前払ずみとされていること、転貸・賃借権譲渡自由とされていること等に徴すると、右賃貸借は、詐害・妨害目的の賃貸借であるといわざるをえず、抵当権設定登記後に成立した賃借権を民法六〇二条所定の期間を超えない限度で例外的に保護して利用権と抵当権との調整を図る、という短期賃貸借制度の趣旨を逸脱しこれを濫用するものとして、保護するに値しないと認めるのが相当である。

そうすると、抗告人に対し前記土地建物を相手方に引き渡すべき旨を命じた原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 早井博昭 山脇正道)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例